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倶楽部報(2021年秋号)

【綿田博人・元助監督を偲んで】「ナイスゲーム!」のその先に

大久保 秀昭(平成4年卒 桐蔭学園高)

2021年09月10日

恩師綿田博人さんが令和3年6月7日、ご逝去されました。あまりにも早いお別れとなりましたが、最後の最後までその強靱さとホッとする笑顔を保たれ、闘病中にもご自身のプレーヤーとしての野球、そして、指導者としての野球、そして大きな理解者である奥様の恭子さんに囲まれ、ベッド脇での思い出話にはその膨大な記憶の一つ一つを鮮明に思い出され、笑顔で共有してくださいました。

何度も何度も持ち直すその強さには改めてすごいと思いましたし、勝利の喜びを誰より知っていらっしゃるからこその、また、指導者であられたからこその、勝てなかったときの私への言葉の選び方一つ一つや表情に至るまで常に私や塾野球部を称え、慈しみに溢れていたことを心から感謝申し上げます。

通夜の席でも伝えさせていただきましたが、監督というその立場と期待と重責を伴う中で、綿田さんが先輩理事として居て下さったことが私を大きく支え、守っていただけたことは間違いありません。そしてその事は、大きな戦力となり、共に結果を導いてくださいました。

綿田さんと初めて会ったのは、私が大学1年時のアメリカ遠征でした。その頃塾の留学制度を使って学ばれておられ、本場UCLAの選手の中に違和感なく溶け込まれ、またその方が先輩として存在し生き生きと活躍される姿を見て、「なんてかっこいいんだ!」と感激したことを思い出します。

戻ってこられ、故前田祐吉監督とともに助監督として指導していただきました。強く印象に残るのは、その投球スタイルとノックの美しさで、改めて感動したことを鮮明に覚えています。

野球を愛し、またベースボールの視点から導いてくださり、ENJOYとともに綿密な作戦で4年生時には、春、秋優勝に導いてくださいました。今思えばもっと真面目に練習を重ねればと反省ばかりですが、唯一無二の結果と経験をさせていただいたことには言葉がいくらあっても足りないほどで、師に、そしてその時共に学んだ仲間に恵まれたからこそ、現在の私の野球があるといっても過言ではありません。

私が塾野球部監督時、リーグ戦の試合後のベンチ裏通路には何時も綿田さんの姿がありました。結果がどんな時も、どんな内容であっても、勝てば「ナイスゲーム!」。負ければ「お疲れ様!」。一言を言ってくださる為に。笑顔で。

勝利にも敗北にも学びがあるという事や、温かさ、優しさ、思いやり、またその存在がいつまでもあるものではない、当たり前ではないという事をもこの度学ばせて戴きました。

私はまだまだ野球をやらせていただきます。そしてこれからも綿田さんの笑顔とともに「ナイスゲーム!」と言っていただける仕事がして行けるように精進して参ります。

心よりご冥福をお祈りします。そして全てに改めて感謝申し上げます。

有難うございました。

「前田元監督追悼試合」の試合前にノックをする綿田さん
「前田元監督追悼試合」の試合前にノックをする綿田さん=2017年1月14日、塾野球部グラウンドで

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